大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)96号 判決 1985年11月28日

原告 メルシイエ・フレール・ソシエテ・アノニム

被告 ロイヤル商事株式会社

主文

特許庁が、昭和五六年一一月一一日、同庁昭和五四年審判第六二一号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四〇年一二月二日出願、同四二年一月一三日出願公告、同年六月二四日設定登録に係る、名称を「皮革を分割する皮革処理機械」とする特許第四九六四四〇号(以下「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告は、昭和五四年一月一一日、原告を被請求人として、本件特許の無効審判を請求し、昭和五四年審判第六二一号事件として審理された結果、昭和五六年一一月一一日、「本件特許を無効とする。」旨の審決があり、その謄本は、昭和五七年一月二〇日原告に送達された(出訴期間として三か月附加)。

二  本件発明の要旨

堅固な基台に横方向の傾斜した切欠部が設けられ、長い作業台が該切欠部内に対応する傾斜をもつて取付けられ、該作業台に定着された支持部の前面に堅固な主けた部材が位置調整可能に取付けられ、無端帯の刃物を担持しかつ駆動する車が具備され、該車は、作業台の両端に、位置調整可能でありかつ滑動自由に案内されるように取付けられた滑動部材により、それぞれ担持され、さらに、環ローラ、該環ローラを支承する定規および他の支承部材、摩擦駆動を行うローラならびに皮革を導入支持するテーブルが互いに不変の関係位置において組立てられて成る単一集団部材が設けられ、該集団部材は、刃物と環ローラとの間の切り厚さを変更するために、機械の基台に対しその高さが調整されるように組立てられることを特徴とする皮革を分割する皮革処理機械。

三  本件審決理由の要点

本件発明の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、本件特許の明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明の項には、本件発明の要旨の主要部である「堅固な基台に横方向の傾斜した切欠部が設けられ、長い作業台が該切欠部内に対応する傾斜をもつて取付けられ、該作業台に定着された支持部の前面に堅固な主けた部材が位置調整可能に取付けられ、さらに、環ローラ、該環ローラを支承する定規および他の支承部材、摩擦駆動を行うローラならびに皮革を導入支持するテーブルが互いに不変の関係位置において組立てられて成る単一集団部材が設けられ」た具体的な構成要件に対応する効果が全く記載されていない。してみると、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、当業者が容易に実施をすることができる程度に本件発明の効果が記載されていないことになる。したがつて、本件特許は、特許法第三六条第四項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第一二三条第一項第三号の規定に該当し、無効とすべきものである。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本件明細書の発明の詳細な説明の項に記載されている本件発明の具体的な構成要件に対応する効果の記載を看過し、その結果、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に本件発明の効果が記載されていない旨認定判断したものであり、更に、理由不備の違法があるから、取り消されるべきである。すなわち、

1  本件発明の具体的な構成要件に対応する効果の記載の看過

本件審決は、前項記載のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、本件発明の要旨の主要部である、堅固な基台に横方向の傾斜した切欠部を設け、長い作業台を該切欠部内に対応する傾斜をもつて取り付けるという構成(右構成を以下「作業台等の構成」という。)、該作業台に定着した支持部の前面に堅固な主けた部材を位置調整可能に取り付けるという構成(右構成を以下「主けた部材の構成」という。)、更に、環ローラ、該環ローラを支承する定規及び他の支承部材、摩擦駆動を行うローラ並びに皮革を導入支持するテーブルが互いに不変の関係位置において組み立てられて成る単一集団部材を設けるという構成(右構成を以下「単一集団部材の構成」という。)にそれぞれ対応する効果が全く記載されていない旨認定しているが、本件審決の指摘する右各構成に対応する効果は、以下のとおり、すべて本件明細書の発明の詳細な説明の項に、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されている。

(一) 作業台等の構成の効果の記載について

本件明細書には、「本発明による機械は、皮革の切り離し分割を行いかつその進路を確保するために傾斜面を構成し」(甲第二号証第二頁右欄第四、第五行)と、本件発明による機械においては、作業台の作業面が傾斜していることをその構成要素とすることを明らかにするとともに、「テーブル14および2aを傾斜させた着想および装置のお蔭で、分割処理すべき皮革の機械内への導入、進行、分割操作および分割された部分の排出は自然的かつ合理的に行われて刃物の切り離し操作が有効に達成される。分割された第二部分または厚さ即ち「層皮」P2の排出は、切離し線に垂直な方向に何等の摩擦および制動を伴わずに行われるので、切離し状態が改善される。」(同号証第五頁左欄第四七行ないし同頁右欄第七行)と作業台の作業面が傾斜していることにより奏する効果の記載があるが、基台に設けられる傾斜した切欠部は、基台上に作業台を対応する傾斜をもつて取り付けるために設けられたものであり、そうした構成によつて作業台の作業面は傾斜し、前記の効果を奏するものであるから、右の記載は、作業台等の構成の奏する効果を記載したものと解することができる。

(二) 主けた部材の構成の効果の記載について

主けた部材は、主として刃物より上の皮革の厚さを決めるローラの上下位置決めを行うもので、従来の機械も、「刃物の上部に置かれた該ローラは所望の分割厚さに応じてその位置が調整されるような構成」(同号証第一頁右欄第三二、第三三行)を有していたが、本件発明の主けた部材の構成は、この位置決めを高精度で行おうとするもので、本件明細書には、主けた部材が、上部駆動ローラを支持し、かつ、主けた部材と上部駆動ローラとの間に存する顎、補償ローラ、中間けた部材等の部品、部材等を支持する役割を有するものであることや(同号証第二頁右欄第一六行ないし第二四行)、刃先8bと駆動ローラ21との間を正確に調整し、主分割部分(毛のある側)に対し均一厚さが得られるようにするために具備する固定主けた部材のレベルを調整するねじ機構等の調整装置について詳細な記載があり(同号証第三頁左欄第二七行ないし第三六行、第四頁右欄第三九行ないし第五頁左欄第一一行、第八頁左欄第六行ないし第一九行)、かつ、「この遊隙の一定な調整装置は、ローラ21とローラ12との間の間隔を永続的に非常な高精度をもつて一定に保持することとなり、これにより皮革の分割作業が常に一定かつ高精度に行われることになる。」(同号証第八頁左欄第二〇行ないし第二四行)と記載されているのであつて、右記載は、主けた部材の構成の効果を記載したものと解することができる。

(三) 単一集団部材の構成の効果の記載について

本件明細書には、従来の機械における大きな欠点は、環ローラ上の支承接線と刃物の刃先とを分離する間隔により与えられる切り厚さの変更が、該環ローラを支承する定規の頂稜と該環ローラの軸線との間に、これに対応する位置の変更を伴うことであり、環ローラと頂稜との間の最適な関係位置が変更され、切り厚さを減少することによつて生ずる環ローラを支承する定規の頂稜と該環ローラの軸線との間の増大は、ローラの環の引掛けを生ずる傾向があり、これに反し、切り厚さを増加することによつて生ずる環ローラを支承する定規の頂稜と該環ローラの軸線との間の減少は、ローラと頂稜との間に形成された間隙内に、処理物質の屑及びその他の邪魔物の入り込んで詰まりを生ずることにより、環ローラが動かなくなる、という事態が生ずる旨の記載があり(同号証第二頁左欄第四行ないし第二六行)、一方、本件発明については、「本発明による機械は・・・機械の各種の構成要素間に不変の関係位置を保持して単一集団の形で組立てられている。即ち、環ローラ、定規およびその他の支承部材、摩擦による駆動ローラ、皮革を導入載置するテーブル等より成る集団は、刃物帯と環ローラとの間において切り厚さ(層皮側)の変更を行うために、その高さの位置調整ができるように機械の基台に対して組立てられている。さらに他の特徴に従つて、これらの集団の位置調整は位置調整可能な止め環と協動する油圧ジヤツキにより行われる。」(同号証第二頁右欄第四行ないし第一五行)、「環ローラと刃物との間の間隔調整に拘わらず、該環ローラとその支承定規との間には不変の関係位置が保持される」(同号証第八頁右欄第一〇行ないし第一二行)との記載があり、両者を合わせ読めば、本件発明の装置には、単一集団部材の部材間の関係位置が変わらないようになつているために、従来の機械が有した欠点が除かれるという効果のあることが明白に了解される。

以上のように、本件明細書には、右(一)ないし(三)の構成に対応する効果が記載されており、かつ、右各記載を合わせ読めば本件発明の構成全体の奏する効果について、皮革の分割作業が合理的かつ容易に、更に常に一定かつ高精度で行われ、屑の詰まり等の不都合がない等種々の効果がある旨記載されているともいえる。

2  本件審決は、本件明細書には、前記のように、本件発明の要旨の主要部である前記の具体的な構成に対応する効果の記載が、各所にわたつて多数かつ十分に存在しているにもかかわらず、何らこれらの記載に言及することなく、単純に、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、本件発明の要旨の主要部である前記の具体的な構成要件に対応する効果が全く記載されていないと述べているだけであつて、本件特許を無効とする判断の根拠としては全く不十分なものであり、特許法第一五七条第二項第四号の要求する審決理由の記載を欠くものといわざるを得ない。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一ないし三の事実は、認める。同四の主張は、争う。

二  本件審決の認定判断は、正当であつて、原告が主張するような違法の点はない。

1  本件審決には、本件明細書の発明の詳細な説明の項に記載された本件発明の具体的な構成要件に対応する効果を看過した違法があるとの点について

(一) 作業台等の構成の効果の記載について

本件発明における作業台等の構成、すなわち、<1>堅固な基台に横方向に傾斜した切欠部を設け、<2>この切欠部内に、<3>対応する傾斜をもつて、長い作業台が取り付けられる構成は、全く新規な構成であるばかりでなく、本件発明の願書添附の図面の第三図及び第一八図からみても明らかなように、非常に顕著にして、かつ、特異な構成であるのであるから、本件明細書の詳細な説明の項には、前記<1>ないし<3>を組み合せた作業台等の構成によつて生ずる特有の効果を記載しなければならないのにかかわらず、本件明細書には、右の効果が全く記載されていないのである。

本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「テーブル14および2aを傾斜させた着想および装置のお蔭で、分割処理すべき皮革の機械内への導入、進行、分割操作および分割された部分の排出を自然的かつ合理的に行われて」という記載があるが、右記載の効果は、古くから公知であつた「傾斜した作業台」という構成によつて生ずる効果に過ぎず、傾斜した作業台は必ず、切欠部内に、傾斜を合わせて載せつけて設けるものとは限つていないのであるから、右記載をもつて本件発明によつて生ずる特有の技術的効果ということはできない。

(二) 主けた部材の構成の効果の記載について

本件特許出願日前において、皮を上から押して位置決めする駆動ローラを保持する主けた部材を基台に直接定着させた支持部の前面に上下位置調整可能に取り付けるという構成は公知であつたが、基台の傾斜切欠部に取り付けた作業台の支持部の前面に取り付けるという構成は、当業者にとつて意外な構成であり、かつ、従来公知の構成とは異なる特異な構成であるのであるから、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、右の特異な主けた部材の構成によつて生ずる特有の効果を記載しなければならないのにかかわらず、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、従来公知の構成により生ずる効果の記載があるだけで、右特異な構成により生ずる効果は全く記載されていない。

また、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、調整装置がローラの間隔を非常に高精度に保持することが記載されているが、調整装置がなければローラ間隔を高精度に保持できないことは当然であり、調整装置を用いること自体この種装置では当然の構成であつて、しかも原告の主張する個所は実施例についての記載個所で、右個所には、本件発明の主けた部材の構成の独特の効果が記載されているとはいえない。

(三) 単一集団部材の構成の効果の記載について

集団部材の構成自体は、本件発明に特有の構成ではなく、古くから広く知られた公知の構成であり、本件明細書記載の「刃物帯と環ローラとの間において切り厚さ(層皮側)の変更」を行つても、「環ローラと刃物との間の間隔調整に拘わらず、該環ローラとその支承定規との間には不変の関係位置が保持される」旨の効果その他原告主張の集団部材の構成に基づく効果は、本件発明中における集団部材と同一構成である公知構造が有した公知の効果であつて、本件発明における集団部材に特有の効果ではない。

以上のように、本件明細書には、本件発明の各構成要素の具体的な相互の関係による特有の効果が全く記されていないほか、右(一)ないし(三)の構成の組合せによる特有の効果の記載もないのであつて、本件審決にいうところの、「具体的な構成要件に対応する効果が全く記されていない。」とする認定判断に何らの誤りはない。

2  理由不備の違法がある旨の主張について

前記1で主張したように、本件明細書には、作業台等の構成、主けた部材の構成及び単一集団部材の構成又はその組合せに対応する独特な効果が記載されていないのであつて、この事実を本件審決が指摘し、かかる効果が記載されていないので、本件特許は、特許法第三六条第四項に規定する要件を具備していない特許出願に対してなされたものであるから、同法第一二三条第一項第三号に該当し、無効にすべきものと審決したものであつて、無効理由としては充分であつて、理由不備の違法はない。

第四証拠関係<省略>

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件審決は、本件明細書の発明の詳細な説明の項に記載された、本件発明の作業台等の構成、主けた部材の構成及び単一集団部材の構成又はこれらの組合せに対応する効果についての記載を看過した結果、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に本件発明の効果が記載されていないから、無効とすべきであるとの誤つた結論を導いたものであり、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1  作業台等の構成の効果の記載について

成立に争いのない甲第二号証(本件発明の特許公報)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、分割操作を行う従来の皮革処理機械は、一つの水平な作業面を有し、処理すべき皮革を二つのローラによりその切離し線に沿つて駆動するという構成であつた(同号証第一頁右欄第二六行ないし第二九行)のに対し、本件発明による皮革処理機械は、皮革の切離し分割を行い、かつ、その進路を確保するために傾斜面を構成したものであること、すなわち、本件発明による皮革処理機械においては、作業台の作業面が傾斜していることをその構成要素とすることを明らかにするとともに(同号証第二頁右欄第四、第五行)、右構成を採用したことによる効果について、「テーブル14および2aを傾斜させた着想および装置のお蔭で、分割処理すべき皮革の機械内への導入、進行、分割操作および分割された部分の排出は自然的かつ合理的に行われて、刃物の切り離し操作が有効に達成される。分割された第二部分または厚さ即ち「層皮」P2の排出は、切離し線に垂直な方向に何等の摩擦および制動を伴わずに行われるので、切離し状体が改善される。」(同号証第五頁左欄第四七行ないし同頁右欄第七行)と傾斜した作業台の構成を採用した効果についての記載があることが認められるが、前記本件発明の要旨(本件発明の特許請求の範囲の記載と同じ。)から明らかなとおり、基台に設けられる傾斜した切欠部は、基台上に作業台を対応する傾斜をもつて取り付けるために設けられたものであつて、そうした構成を採ることによつて作業台の作業面を傾斜させ、前記効果を奏するものとしたものであるから、右の記載は、単に傾斜した作業台の奏する効果を記載したものではなく、傾斜した作業台を含む本件発明における作業台等の構成の奏する効果を記載したものと解することができる。被告は、本件発明における作業台等の構成は従来の傾斜した作業台の構成とは異なる特異な構成であるから、右構成に基づく特有な効果が本件明細書に記載されているべきであるところ、右構成によつて生ずる特有の効果の記載は全くなく、本件明細書の発明の詳細な説明の項における右の記載は、公知である傾斜した作業台の効果についての記載であつて、本件発明の作業台等の構成によつて生ずる特有の効果の記載とは認められない旨主張するが、明細書に記載された効果が発明の構成により生ずる効果であれば、それが当該発明の特有の効果であると認められるのであつて、ある具体的な効果を奏する構成が新規であるか否かということとは後に説示するとおり別異のことに属し、仮に、被告が主張するように、本件発明における作業台等の構成が公知であるとしても、本件明細書に記載された右効果についての記載が本件発明における作業台等の構成の効果であることには変りがない。したがつて、被告の右主張は採用することができない。

2  主けた部材の効果について

前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、従来の機械においても、刃物の上部に置かれたローラは所望の分割厚さに応じてその位置が調整されるような構成を有していたが、本件発明における主けた部材は、この位置決めを高精度で行おうとする構成を有するものである旨の記載(同号証第一頁右欄第三二行ないし第三四行、第八頁左欄第二〇行ないし第二四行)及び主分割部分(毛のある側)に対し均一厚さが得られるようにするために上部駆動ローラと刃物との間隔を正確に調整するための調整装置の構成についての詳細な記載(同号証第四頁右欄第四〇行ないし第五頁左欄第一一行、第八頁左欄第六行ないし第一九行、第三頁左欄第二七行ないし第三六行)があることが認められるとともに、主けた部材の調整装置の実施態様についての説明中に「この遊隙の一定な調整装置は、ローラ21とローラ12との間の間隔を永続的に非常な高精度をもつて一定に保持することとなり、これにより皮革の分割作業が常に一定かつ高精度に行われることになる。」(同号証第八頁左欄第二〇行ないし第二四行)との記載があることが認められる。右の記載は、主けた部材の調整装置の実施態様の奏する効果の記載であつて、直接主けた部材の構成の効果として記載されたものではないが、この種機械において、主けた部材は主として刃物より上の皮革の厚さを決めるローラの上下位置決めを行うものである(このことは、被告の認めて争わないところである。)から、調整装置の奏する前記の効果は主けた部材の奏する効果そのものということができ、したがつて、右記載をもつて主けた部材の構成の効果を記載したものと解することができる。被告は、駆動ローラを保持する主けた部材を上下位置調整可能に取り付けるという構成によつて生ずる効果は、本件特許出願前の古くから広く知られている従来公知の構成により生ずる効果であつて、本件発明の主けた部材の構成に特有の効果ではなく、また、主けた部材を基台の傾斜切欠部に取り付けた作業台の支持部の前面に取り付けるという構成は特異な構成であるにもかかわらず、右特異な構成から生ずる特有の効果が本件明細書の発明の詳細な説明の項に記載されていない旨主張する。しかしながら、仮に、駆動ローラを保持する主けた部材を上下位置調整可能に取り付けるという構成が公知であつたとしても、各構成から生ずる効果が当該発明の特有の効果であることには変りがないことは前説示のとおりであり、また、主けた部材を基台の傾斜切欠部に取り付けた作業台の支持部の前面に取り付けた点については、主けた部材が上下に位置を調整する駆動ローラを下端に有するものであるので、何からの固定部材に取り付けられていなければならないものであるところ、本件発明にあつては、それを作業台の支持部に設けたのであつて、どういう理由でそうした構成を採つたか、あるいはそうした構成を採つたことの独自の効果については本件明細書の詳細な説明に記載されてはいないが、その奏する効果が、調整装置等とあいまつて、帰するところ、前記記載のとおり、皮革の分割作業が常に一定かつ高精度に行われるという点にあることはおのずから明らかであつて、本件明細書の右記載を主けた部材の効果を記載したものと解することに何らの支障はない。したがつて、被告の右主張は、採用することができない。

3  単一集団部材の効果の記載について

前掲甲第二号証によれば、本件明細書には、「従来の機械における大きな欠点は、環ローラ上の支承接線と刃物の刃先とを分離する間隔により与えられる切り厚さの変更が、該環ローラを支承する定規の頂稜と該環ローラの軸線との間にこれに対応する位置の変更を伴うことである。」(同号証第二頁左欄第四行ないし第八行)、「環ローラCと頂稜Eとの間には最適な関係位置があつて、・・・詰まりを生ずることにより環ローラCが動かなくなる。」(同号証同頁同欄第一五行ないし第二六行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、従来の機械では皮革の切り厚さを変更するため環ローラCを上下動させると、環ローラCと定規の頂稜Eとの間の最適な間隙が変わり、環ローラの引掛けを生じたり、又は環ローラと頂稜との間の間隙内に処理物質の屑及びその他の邪魔物が入り込んで詰まりを生じて環ローラが動かなくなる事態が生ずる欠点があつたことから、本件発明は、環ローラ、この環ローラを支承する定規及び他の支承部材、摩擦駆動を行うローラ並びに皮革を導入支持するテーブルを互いに不変の位置関係において組み立てて単一集団部材とし、刃物と環ローラとの間の切り厚さを変更するときには、機械の基台に対して集団部材の高さが調整できるようにしたものであることが認められ、その結果、「環ローラと刃物との間の間隔調整に拘らず、該環ローラとその支承定規との間には不変の関係位置が保持される」(公報第八頁右欄第一〇行ないし第一二行)ようにしたものであるから、従来の欠点が解消されるものであることは明らかである。しかるに、被告は、本件発明のような単一集団部材を用いること、及びそれによる効果は、本件特許出願前より公知であるので、原告が主張するところの本件明細書に記載された効果は、本件発明の単一集団部材に特有の効果ではない旨主張するが、発明の一部の構成及びその効果がその特許出願前公知であつたとしても、発明の効果として記載があることに変りのないものであるから、被告の右主張は採用することができない。

してみれば、本件明細書において、効果の記載個所は発明の詳細な説明の項中に散在していてまとめて記載していないので、発明の技術内容を明瞭・適切に公開すべき明細書の存在目的からして必ずしも望ましいものとはいえないが、前認定説示のとおり、作業台等の構成、主けた部材の構成、単一集団部材の構成に対応する効果については記載されていると認められ、また、本件発明に係る皮革処理機械は、右各構成が組み合わされて、皮革処理機械としての機能及び効果を生ずるのであるから、明示の記載がなくても、前示各効果には右各構成の組合せによる効果をも包含するものとみるを相当し(なお、被告は、叙上の各構成中に公知の構成部分が存することを前提にして、本件明細書には、叙上各構成相互の組合せによる特有の効果についての記載がない旨の主張をするが、右各構成の組合せの効果について明示の記載がなくても、叙上説示のとおり解せられるばかりでなく、前認定のとおり叙上各構成に対応する効果の記載がある以上は、特許法第三六条第四項の効果の記載についての要件を具備するものというべきであつて、被告の主張するような効果の記載の有無は、当該発明の新規性又は進歩性の判断に関係することはあつても、本条とは直接的な係りはないから、被告の主張するところは独自の見解に基づくものというほかなく、採用の限りでない。)、したがつて、これらの記載を看過して、本件明細書には本件発明の具体的構成要件に対応する効果は全く記載されていないとした本件審決には、判断を誤つた違法があるものというべく、右認定の誤りがその結論に影響を与えることは明らかであるから、本件審決は取消しを免れない。

(結語)

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 杉山伸顕 川島貴志郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例